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晋山式


 春季弘法忌は地元では「春のお弘法さん」とも呼ばれ親しまれています。
毎年、4月20日の御輿の渡御と万燈会、翌21日には大般若祈祷、湯汲み式。
二日間に渡って盛大に執り行われています。

 御輿の渡御(4月20日)

 春季弘法忌の主要な伝統行事の一つに弘法大師の御輿渡御があります。毎年4月20日には、修禅寺本堂内の大師堂に安置されている御輿が、西へ4.6kmほどの道程を奥之院まで行列をつらねて「お上り」し、一泊して翌21日に「お下り」します。 近年に篤志家により修復されたきらびやかな御輿は往復の山門下でご開帳となり、僧侶が読経のうちに厨子のとばりを開けてこの時だけは善男善女が内部に安置された秘仏の大師像を拝観することができます。
 白装束に烏帽子姿の担ぎ手は「南無大師遍照金剛」と大声で唱えながら進み、沿道からはおひねりが飛びます。「お上り」では途中まで僧侶、御詠歌講員、護持会や観光協会役員が行列して見送り、翌日の「お下り」は途中で稚児たちが出迎えて、近年からは「湯汲み行列」と合流して上山するようになりました。



万燈会(4月20日)

 晩年の空海は真言密教の理念をこの世に留めるため、高野山金剛峯寺にて「万燈万華会」を修しました。天長9年(832)8月、59歳の時でした。この時の炎は高野山灯籠堂に「消えずの火」として残り、永遠に人々の心に生き続ける空海の命の象徴とされています。今も8月13日の「万燈供養会」には十万本の燈火が高野山奥の院参道に並びます。
 修禅寺の「万燈会」はこれにならい、平成5年から前住職田中徳潤老師が修したもので、春秋の弘法忌大祭の逮夜、つまり前夜祭として4月と8月の20日夜に行われます。
春季は温泉街中心のとっこの湯公園に祀られた稚児大師像前から、桂川にかかる虎渓橋を渡って修禅寺本堂まで。ロウソクを持ち僧侶に続いて参列者が厳かに歩きます。行列への参加は自由で壇信徒に浴衣姿の宿泊客も加わり、温泉場らしい雰囲気を醸し出します。電灯が消され、沢山のロウソクだけが光り輝く厳粛な堂内で、お大師様の前に静かに身を置けば、言葉や文字では言い表せない密教世界の深遠さを感じられることと思います。


 湯汲み式(4月21日)

 この地で温泉を発見して湯治をひろめ、湯どころ伊豆でも有数の温泉街として繁栄する修善寺の礎を築いた弘法大師への感謝祭。昭和12年に新調した湯汲み桶が今でも使われており、戦後に観光協会が組織されると全国に宣伝され、伝統ある春季弘法忌の一環として華を添えています。
 毎年4月21日、揃いの衣装にたすき掛けの湯汲み娘30人ほどが、大師が独鈷杵で河原の岩をうがち霊泉を湧出させたという「とっこの湯」から、読経とともに僧侶の汲む湯を桶に受け、街中をパレードして大師霊前に奉納します。参加すると良縁に恵まれるという自薦他薦の湯汲み娘には、僧侶や稚児、温泉旅館の主人、御詠歌講員や護持会役員など多数が同行します。
 近年になり午後からの伝統行事である奥之院からの「御輿お下り行列」と途中合流し、いっそう華やかで威厳のある大パレードとなりました。


 大般若祈祷(4月21日)

 元旦午前零時からの修正会に始まって、4月と8月の21日弘法忌報恩会、11月の桂谷八十八カ所巡拝の満願日など、修禅寺では年間に何回かの大祈祷が修されます。
 祈祷には唐の玄奘三蔵が漢訳した「大般若経」が転読され、「観音経」や真言が唱えられます。玄奘は孫悟空、猪八戒、沙悟浄の魔人を弟子に、天竺まで教典を取りに行くという空想冒険物語「西遊記」のモデルとして名高い僧です。正式には「大般若波羅蜜多経」と称され、大乗仏教の根底を説く諸経の集大成といわれる全六百巻の経本が、何人もの僧侶により経文の題目や一部が唱えられながら、パラパラと振られて転読されるさまは圧巻。その内容を圧縮し、精神のエッセンスをわずか262字にしたのが、多くの宗派でしばしば読まれる「般若心経」です。
 大祈祷では、本尊大日如来の加持力と弘法大師空海の力をいただいて福利が祈られ、僧侶たちの振る経本の風にあたると無病息災といわれています。

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