晋山式に思う


十月二十六日。それはすばらしい秋晴れの日でした。いつものように朝五時からの坐禅、朝の読経をすませ、七時半門主の長源寺方丈様並五侍者(五名の住職介添え役の僧)の方々と安下あんげ処(新住職が晋山の前に留まる処)になる菊屋さんへ向かいました。
 八時半稚児を先頭に行列が菊屋さんを出発。道にはたくさんの人々が出ておりました。うれしかったですね。出発前まで、こんなに沢山の人が集まっているとは、まったく知らなかったのです。それどころか前日までは、もし誰も来なかったら寂しいな~と思っていました。集まった人の中には、久しぶりに見る顔もありました。
「あ!このオバサンも来てくれたのか」「あ~、この人も」顔を見るたびにうれしくなり、涙が出そうになりました。
 二十歳の頃、坐禅に出会い僧となり十数年間を修行道場での生活に費やしました。その後一年間イギリスへ行き帰国。伊豆市大平・龍泉寺住職となりました。龍泉寺住職時代は、これまでの修行の臭い、禅僧としてのプライドを消そう、壊そうとしていました。自分なりに『禅僧ではなく普通の人』になろうとしていたのです。良寛さんのような。
 しかし大本山總持寺から御呼がかかり再び修行道場生活が始まりました。まさに水を得た魚。私は、やっぱり根っからの修行僧だったんですね。
 五十歳近くなった頃。禅の師匠として立っている、自分の坐禅に疑問をもちはじめました。『ビシィと体を固め、腰をグッと反らせた』こんな坐禅を三十年以上やっていたのです。それも時には一日十時間以上。十時間以上坐禅を続けた日は、千日以上には、軽くなっていました。
 少しずつカゼをひきやすくなりました。背と腰に違和感がありました。禅や気孔の知識として丹田たんでん等の言葉を知っていましたが、正直体感はありませんでした。坐禅を三十年近く修行していてです。
 そして、もう一度自分の坐禅の点検にはいったのです。その結果カゼは引かなくなり、体の違和感もなくなり、今では、体軸や丹田等がハッキリ体感できるようになりました。また自分が本当は未熟であることを知るとともに、坐禅は一生を通して学んでいくものである事が明確になりました。
 なぜ、こんな事を書いたのかと言うと、この晋山式に際して、今までの自分の坐禅がまちがい無かったと感じたからです。晋山式の行持の中、あわてない、恐れない、透き通るような自分を自分自身が見ていました。そして美しい回りの景色。いろいろな人々の顔。そして心の底から有難いと思っている自分をハッキリ確認したのです。
 人生最大最後の行持。死ぬる時も、こうでありたいと思います。そして正直、この坐禅を続けて行けば必ずそうなると確信したしだいです。
(2012年1月)

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