寺は文化財の宝庫


 一昨年より修善寺資料館館長・学芸員でもある田中先生に、御忙しい中、週一度御来山戴き、修禅寺に伝わる墨跡・書物・陶器等…を調査し目録を作って戴いております。まだ全ての調査が終わった訳ではありませんが、これまでの新たな発見等を書いてみたいと思います。

《墨跡等の軸物》
一、源頼家公肖像画 普段着姿の頼家公です。文政八年秋(当寺二十九世佛母培苗師代)に修復したと裏に書付がありました。傷みがひどく、カビ等もありましたので表装を改めました。
二、北条早雲肖像画 独鈷を持ち袈裟を掛けた早雲像です。明治十八年四月画と裏に書付があります。
三、歴代住職の最も古い書 二十一世・霊源妙派老師(天明元年・一七八一年没)の墨跡。この軸も表装の欠損劣化がひどい為、表装を改めました。他に歴代住職の書としては、二十七世・岱峰陽雲老師。二十九世、佛母培苗老師。三十二世・大協義件老師。三十五世・光輪不明老師。三十七世・大潤宗潭老師。三十九世・天真絶三老師。四十世・瑞岳廉芳老師。四十一世・穆堂圓宗老師。四十二世・大全徳潤老師。の墨跡が残っております。
いつか修禅寺歴代住職墨跡展を企画したいと思っています。

《古本》
一、『の』 徳川綱吉の側用人として絶大な権力をふるった柳決吉保の側室・飯塚染子(一六六五~一七〇五)が原作者。修禅寺蔵『鳥の空音』は鳥丸光胤(一七二三~一七八〇)が筆写したものと思われるとの事。そして、その『とり空音そらね』に膨大な書き込みをして本文を推敲した人物は、おそらく慈雲尊者(一七一八~一八〇四)だろうと思われるとの事です。またこの『鳥の空音』は、女性の手による禅の思索書にとどまらず、日本文化の本質に迫る一級の資料だそうです。 只今、電気通信大学教授・島内先生の手でより詳しい調査がなされています。また后日書籍として出版されるとも聞いております。

《佛像》
一、院派の佛像と興福寺千体観音像の一体。
宝物館に常置されている観音坐像が室町時代の院派の仏師によって作られた事が分かりました。仏師には、大きく四つの系統があるそうです。院派・円派・慶派・善派です。伊豆では、慶派の佛像ばかりが知られており、院派の作例はほとんど知られていなかったそうです。そんな訳で伊豆の彫刻史上、貴重な像なのです。
 次は、これも常置の観音立像。平安時代の作。奈良興福寺にあった千体観音堂に納められていた一体。観音堂は、朽ち果て、数十体の観音立像が残されているとの事。その一体が修禅寺にありました。なぜ修禅寺に安置されていたのかは分かりません。
この二体の観音像は、上原仏教美術館学芸員、田島先生の調査で判明致しました。

二、聖観音坐像(檀信徒会館本尊)。不動明王像・毘沙門天立像・大黒天立像(通常弘法堂の脇に安置。)が、これら佛像を修復した、牧野先生により四体共、平安時代後期の作と判明致しました。只今特別に不動明王像を宝物館にて公開させて戴いております。

《建物》
一、山門がかたむき、修理が必要になっています。静岡県文化財保護審議会会長・建部たてべ先生に視ていただき、文化財として修理する予定です。そこで分かった事。
山門は、修禅寺の建物中一番古い建物。文久三年八月当寺三十一世台杲たいこう活門老師代、野田八良右衛門氏一寄進で作られた物です。
 文久三年二月五日に大火災の為修禅寺の堂塔伽藍がことごとく焼けてしまいました。火災の後片付け等あったにもかかわらず十月に山門が作られています。またなぜ、初めに本堂を再建しなかったのだろうと疑問がわいてきます。山門は、火災の前より作る計画があり、火災の時点ですでに材料等の切り出しもできていたのかもしれません。

二、鐘楼堂は、大正四年三月七日に建てられたと判明しました。ちなみに本堂は、明治一八年十一月と棟札にありました。

《放光庵跡》
一、放光庵跡の荒れ方がひどく、何とかしたいと思っておりました。昨年、修禅寺檀家梅原さん・山口さん・三須さん等の力を借り整備を致しました。その折、上原仏教美術館学芸員・田島先生に御助力を戴き、大変な事が分かりました。
放光庵には、当寺二十七世岱峰陽雲老師が入定した『陽雲大和尚入定窟』があり、その回りに沢山の石経塔と石佛があります。その石経塔の下には、これまたとんでもない数の石に書いたお経がうまっているのです。 釈尊滅后、五十六億七千万年後に弥勒みろく仏が現れ、再び佛法を説くという思想があります。その時まで、紙や木に書いたお経では残りません。陽雲老師は、全てのお経を石に書いて埋めその時まで伝えようと考えたようです。まさにタイムカプセルのように。そしてその石経塔の上に石佛を置き、その石経塔と石佛を見守るように入定したようです。 田島先生いわく「伊豆半島内で、これだけの種類の石経塔がある場所は、見当たらない。これは、すごい!」ビックリしておりました。今、埋蔵文化財の申請をしております。
  今後、まだまだいろいろな発見があると思います。修禅寺は、まさに文化財の宝庫。大きなタイムカプセルなのです。
(2013年1月)

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