諸行無常


『法』すなわち宇宙のありようを示した、三法印と言うおしえがあります。

一、諸行無常  すべては、一瞬たりとも止まる事なく移り変わって行く。
二、諸法無我  すべての有り様は、我というエゴを越えたもので、因縁果の法則により生滅変化する。
三、涅槃寂静  存在すると言う事は、必ず『いま・ここ』にあり、二度ともどらず、比べる事のできない絶対的なものである。

 今年二月の大雪。修禅寺裏の庭園(東海第一園)にある、松が倒れました。直径一メートル以上ある大きな松でした。幸いにも、園中央の池の中に突き刺さるように落ちたため、寺の建築物の損傷はありませんでしたが、回りのカエデ等の木が数本と石の灯籠が倒されました。また檀信徒会館と旧庫裡の間にある小さな庭が雪で埋り旧庫裡の屋根の一部が落ち、塀や木々が破損致しました。檀信徒会館の空調設備も一時使えなくなりました。寺の内外の被害が、すべて復旧したのは、なんと六月中でした。
 六月十日。修復中の山門上棟式。本当に工期までにできるのだろうかと気を揉ませている山門もやっと目に見えて形が整ってきました。落慶式は、九月二十三日(秋彼岸中日)の十時からです。山門両脇には、仁王堂が建ち、指月殿に安置されている仁王さまが遷座いたします。ぜひ御来山下さい。
 五月。六月。裏の庭園(東海第一園)のツツジ、ショウブ等の花が例年になく沢山咲きました。寺の責任役員の方々も「こんなに沢山、美しく咲いたのは始めてだ。」と話していました。
 すべては、移り変わっているのですね。修禅寺へ入り早五年。移り変わって行く『いま・ここ』を精一杯生きてきたつもりですが…。いつかは私も修禅寺を去り、そしてこの世をも去るのでしょうね。これは、必然なことなのです。
 春は、春の自然があり。夏には夏の。秋には秋の。冬には冬の自然があるように。私も、二十代。三十代…五十代。六十代と移り変っております。私と言う固定された者はないのですが、頭の中では、私、すなわち『吉野真常』を変らない者と固定してしまうようです。「今迄こうやってきたから。」「こうと決めたのだから。」と。
 移り変って行く世界であるから。目の前の事。いま・ここを精一杯生きようではありませんか・必ず死に行く身です。生き・生かされている今に美しい花をそえるよう生きようではありませんか。

(2014年8月)

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