天地有情 〈山羊(ヤギ)の誕生に思う〉

 今年四月十九日、昨年と同様(昨年は、三月二十日ごろ)子山羊が三匹生まれました。三匹共雌でした。小生学生時代、獣医学の勉強をしていたため、何回も動物の御産に立ち会いました。それもほとんど難産の時です。
 しかし今回の山羊の御産は、今迄になく特別なものになりました。別に難産でもありませんが、この世に(いのち)を受けて誕生するという事がどう言う事なのかハッキリ気付かされたからです。教えられましたね。
 生まれ出たばかりの子山羊達の全身を母親山羊が、丁寧に舐めています。子山羊達は、生まれると直ぐ、自力で立ち上がろうとします。そして母親の御乳をさがします。あっちを吸ったり、こっちを吸ったりなかなか御乳を見付けることができません。生まれ出て、自力で立ち、歩き、そして乳を見付ける。その間、人の赤ちゃんのような声でなき、小さな尻尾を小刻に、さかんに振っているのです。この世に(いのち)を受けた事を、全身で喜こんでいるかのように。そして母親山羊を含む天地がこの誕生を祝福しているように感じたのです。
 我々、いやすべての(いのち)が、この世に誕生する事は、喜こびなのですね。そしてすべての物・天地から祝福されているのですね。
 四月二十一日。修禅寺弘法忌の後、その日は、雨が降っていました。子山羊達が初めて経験する雨。どうしているのだろう。母親と一緒に小さな小屋の中に居るのかと思いきや、雨の中を小さな尻尾を振って走り廻っていました。この世に有る事を、本当に楽しんでいるかのように。小生、この三匹の子山羊達から生きると言う事の原点を学ばさせて戴いたような気がします。
 六月上旬、昨年生まれた一歳の山羊(黒色)がフィラリアに感染し、腰麻痺の為、立つ事も。歩く事もできなくなりました。皆で毛布に包み、寺受付け横にあるガレージへ運び込みました。獣医・柿宇土先生(小生、獣医師の免許は持っていますが、長い間獣医として何もしていない為、ほとんど忘れているのです。)に来て戴き治療してもらいました。立てない、歩けない為世話は、正直たいへんでしたが、今は、元気に走り廻っています。

 この病気の后、この山羊が変わったのです。小生をひじょうに信頼してくれるのです。私の声を聞くと尻尾を振り振り、寄って来ます。そして一緒に散歩もするようになりました。しかし最近は、散歩につれていけと、おねだりをするのですが、散歩中道端においしそうな草を見付けると散歩を忘れて食べている事が多くなりましたが。



〈天地友情〉
我々・人間は、山羊を含め天地と心が通じ合う事ができるような気がいたします。もっと謙虚に、因れが無くなった時にこそ。
 
水清徹地兮、魚行似魚
水清(みずす)んで徹地なり、魚行(うおゆ)いて魚に似たり〉

 空闊透天兮、鳥飛如鳥
空闊(そらひろ)うして透天なり、(とり)飛んで鳥の如し〉

〘正方眼蔵坐禅箴〙


 山羊、草を()んで山羊の如し。これを佛と言う。
〘住職の独り言〙

(2016年8月)


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