■ 源頼家肖像画



 源氏の征夷大将軍頼朝を父に、北条政子を母に、寿永六年(1182)長男として生まれた頼家は、幼名を万寿と称し、父の急死のため18歳で家督を継ぎました。源氏二代将軍として清新の意気に燃え、果断な政治を行おうとするものの、御家人たちの反発を受けて老臣合議制度を強いられ、政治的実権を取り上げられた頼家は、若い側近たちと狩猟や蹴鞠(けまり)などにあけくれたといいます。

 やがて愛妾若狭局の比企一族と組み、反北条の姿勢を強めるものの失敗。尼将軍とも呼ばれた母とも鋭く対立して修禅寺に幽閉され、元久元年(1204)入浴中に暗殺されました。

 派閥抗争に巻き込まれて、若くして散ったその生涯は動乱の世の悲劇とされ、明治には岡本綺堂の戯曲「修禅寺物語」を生むきっかけともなりました。一時は対立した母政子も、犠牲となった頼家の菩提を弔うため、修善寺の墓の側に経堂を建立し、宋版一切経を納めたのです。



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