伊豆 曹洞宗福地山 修禅寺
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副島種臣の寺号額


副島種臣の寺号額
 本堂の正面に掲げられた「修禅寺」の寺号額は、明治三筆の一人とも言われた書家であり政治家である副島種臣(1828-1905年)の揮毫です。種臣は佐賀藩出身で伯爵、外務卿、内務大臣などの肩書きを持つ明治の元老。明治38年に78歳で没しています。
 弘法大師1050遠忌にちなみ、33世物應契先住職の代に修善寺温泉へ逗留していた種臣が、求められて揮毫したものです。蒼海または一々学人とも号した種臣は皇族や華族の定宿だった菊屋旅館の客でした。いずれも日付、肩書、落款は無いのですが、菊屋旅館にも三点の墨跡があり、また近年には修善寺小学校からも軸物が発見されています。

 額は横246cm、縦108cmで、表面は書を写して陽刻され、下地の朱色が金泥になじんで趣のある古色をおびています。裏側には明治21年4月21日の日付、寄進した三島宿有志中として川島忠兵衛ほか8名の世話人の名前や、製作に携わった人々の名前が墨書されています。
 平成18年春には種臣没後100年を記念して佐賀県立美術館で「副島種臣展」が開催されましたが、その際たまたまこの額は本堂大修復のため降ろされていたので初めて門外へ貸し出され展示されました。


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