伊豆 曹洞宗福地山 修禅寺
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刺繍釈迦三尊仏


刺繍釈迦三尊仏
 北条政子(1157-1225)は夫である源氏将軍の頼朝亡き後に出家しました。長男頼家は二代将軍となったものの母方の祖父である執権北条時政一族の策略で、修禅寺へ幽閉されたのち元久元年(1204)に暗殺されてしまいます。さらに三代将軍を継いだ次男実朝まで犠牲になると京都から藤原頼経を四代将軍に迎え、政子はその後見として鎌倉幕府に強い影響力を誇ったのです。そして朝廷方を屈服させて執権政治を確立し、幕府の権威を強めてその実権を握って尼将軍とも呼ばれ、激しく気丈な女性というイメージが強い政子ですが、伊豆の流人であった頼朝との恋から始まった波乱の生涯は、時代の転換期の激流に身を任せつつ、女の弱さ、母のやさしさなどの一面もみせています。わが子頼家の菩提を弔うために政子は墓の側へ経堂を建立して一切経を納め、この三尊仏の掛け軸も寄進しました。古文書では墓の側に大日堂があった記録もあり、修禅寺本尊の大日如来に政子寄進の寺伝があることから、近年になって胎内から発見された謎の髪の毛も、剃髪した政子が納めて造仏させ、経典、掛け軸、仏像などと共に今の指月殿に寄進したとのではないかとも言われています。

 この三幅の掛け軸は釈迦如来を中心に、右に文殊菩薩、左に普賢菩薩の像が、絹地に金や紺など七色の絹糸で刺繍されています。南宋時代の渡来品とされ、表装の黒地金襴には頼家の装束が使われております。
昭和39年10月6日付で静岡県工芸文化財に指定され、同61年に修復されました。


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