伊豆 曹洞宗福地山 修禅寺
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川端龍子の天井画玉取龍(部分)


川端龍子の天井画玉取龍(部分)
 近代日本画壇で修善寺ゆかりの巨匠は枚挙にいとまがありませんが、川端龍子(1885-1965)がその筆頭といっても過言ではないでしょう。
 洋画から日本画に転向した龍子は、大作主義による「会場芸術主義」と掲げて、日本画団体「青龍社」を旗揚げするなど、異端とも評されましたが、独自の画境を築きました。制作や休養のため、たびたび訪れた修善寺がすっかり気に入った龍子は、地元の棟梁大川正平に別荘の建築を依頼。田舎大工と思いのほか、その技量に惚れた龍子は大川棟梁と生涯交友することになりました。
 六年がかりで四国八十八カ所巡礼を果たすなど信仰心あつい龍子は、修禅寺の檀家となりました。町の観光協会顧問にも推挙され、昭和27年には寺の宝物館建設に際し、縦二間、横四間の天井画「玉取龍」を揮毫。
この大作は昭和62年に新宝物館「瑞宝蔵」の竣工によって新館に移設されました。また文化勲章受賞後も、請われて役場発行の小冊子のため、修善寺の城山に登山して俯瞰図を描き、表紙絵を無償で提供しています。 昭和41年没すると、修禅寺の裏山にある異母弟の俳人・茅舎の碑が立つ川端系の墓へ、愛用の絵筆とともに葬られ、修善寺の土となりました。生誕120年の平成18年には滋賀県立美術館で記念展が開催され、同19年6月には修禅寺開創1200年祭記念事業として、外孫の陶芸家・岡左久良作品展が祖父龍子のこの天井画の下で開催されました。


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