法戦式
平成二十九年10月二十五日奥の院主・大森寶泉尼の法戦式が修禅寺本堂にて修行されました。僧侶だけでも三十名程。一般の参加者をいれると訳一百名程が集まった大法
会になりました。
道元禅師が中国より帰朝され早々の開堂宣言に
(当下に
眼横鼻直なることを
認得して、
人に
欺かれず、
便乃ち
空手にして
郷に
還る。
所以に
一毫も佛法なし。)という御言葉があります。佛法とは、法とは、当下の
在り
様。すなわち眼は横、鼻は直(縦)にある事。そして、その事実を認得することだと言うのです。当下の在リ様、すなわち今・ココの在り様。それは瞬時に移り変わっており、二度と同じ在り様はありません。その今・ココの在リ様を『法』と言う言葉で
搦め捕ったのです。法と言う、決った特別な
何かがあるのではないのです。そのことを道元禅師は、一毫の佛法無しと言われました。
法線とは、法を
戦はせる事ではないのです。そんな事できないのです。法は、ないのですから。しかし『
戦』この場合、禅問答の応酬をいいますが、この禅問答の応酬自体が法の様子なのです。ですから
力を致して問答するのです。極論を言うと、問答の意味あいではないとも言えます。(これは、当下に眼横鼻直なることを認得した人ならば)問い、答えている。その直下に法はあります。
修禅寺三十七世・丘宗潭老師が小僧の時、当時禅定力天下一といわれた大薩和尚とかわされた禅問答が今に伝わっています。
宗潭「昨夜
石女夜生児、請師名を案ぜよ。(昨夜石女が子を生みました。師よ、名前を付けて下さい)」
大薩「男女の相を分かち来たれ、小僧のために安名せん。(その子は、男か女かどちらだ、答えたら名を付けようじゃないか)」
その時、まだ小僧の宗潭老師はウロウロするばかりで何も答えられなかったと言う。
大薩「すみやかに去って
如何と参究せよ。」と。
法戦式当日、寶泉尼は、全力をもって、全ての問に答えました。問うも法。答えるも法。すばらしい法戦式となりました。
しるべし佛家には教の殊劣を對論することなく、
法の浅深をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし。
(正法眼蔵辧道話)