悪病退散


  修禅寺では、昨年四月より毎朝の祈祷会にて悪病退散・感染終息を祈願している。
 疫病退散ではなく、なぜあえて悪病退散を祈願しているか。仏教には三毒という言葉がある。

一、(とん)(よく))…自分の心の趣くところに執着してむさぼる心。
二、(しん)())…()ともいう。自分の考えに違背したことを憎しみ憤り、身心を鎮められない心。
三、痴…………愚痴または無明。天地の法(事理)を明らかにできない精神作用。おろかさ。

この三毒により諸の悪業が造られるという。そんな訳で疫病(新コロナウイルス感染症)並びにこの疫病にともなう心の病をも退散してもらうことを考え悪病退散としたのである。
 先日修善寺温泉にある旅館の経営者と話しをした。これを書いている十一月中、GOTOキャンペーン等もあり修善寺温泉場の旅館・ホテルとも十二月末まで宿泊予約は、満室であるという。うれしい事であるが、経営者・オーナーの方々は、このコロナ禍の中で戦々恐々としていると聞く。コロナに感染すること以上にコロナによる感染者を出した時の差別・偏見等による風評被害にだ。
 大変な時代になりました。アメリカ大統領選を観ていても感じるのだが、今の世の中、アメリカの大統領までが、三毒の競争をしているようだ、まさに三毒の強い方が大統領にふさわしい人なのだろうか。
 三毒は我々の心の作用である。まず心とは何かを知らなければならない。本来の自己とは。
 リキんでいたら絶対に見えない世界。三毒の延長線上にはない世界。そこに『自己』はある。今・ココに。移り変って行く今・ココに。それは、いつでもどこでも。
『自己』を見付け、つかまえることのできない。見ること・感じること・つかまえようとすること自体が『自己』であると気付くことである。誰も何者も誹謗・中傷・偏見によりこの『自己』を害することはできない。害されていると思っているのは、自分という思いである。『自己』の一つの作用である心、その心で人々を慈しみ、寄り添い住み良い世の中を作りましょうよ。いや人々だけでなく生きとし生ける物(者)が生き続けることのできる世界を造りましょう。この地球は、私達人間だけの場所ではないのですから。


●人生で最良なことは、幸せという感情ではなく存在のありようだ。わたしたちが感情に集中するなら大切な物を見失うだろう。

●人間だけに見られる特徴は、永遠に続くむなしい感情の追求である。

〈ある哲学者の言葉〉


2021 指月69号より

(2021年1月)


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